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礼拝メッセージ
2006年4月16日
「復活」
マルコの福音書 16章1-8節
受難週はいかがでしたか
キリストの受難は本当にむごいものでした。神様の厳しさ、人が最終的には滅びることが、あの十字架に現わされています。しかし、私達はその受難を覚える時に忘れてはいけないことは、そこには神様の愛と、私達が新しい命を受ける約束も現わされていることです。
イエスの復活について
イエスの復活は金曜日から三日目の日曜日の朝にありました。復活は科学的には証明できませんが、聖書には復活を説明する出来事があります。兵隊が見張っていたのに死体が無くなったことです。死体が無くなったという事実があったらから、弟子たちが盗んでいったという話が当時のユダヤ人の中でひろがっていたようですが、弟子たちが兵隊のいる墓に行ってわざわざ死体を盗むでしょうか。その話を信じる方が難しいと思います。そして決定的なものは、イエスが捕まった時は逃げて行った弟子たちが、その後文字通り自分の命をかけて、イエスが復活したことを述べ伝えたことです。
イエスの新しい肉体について
イエスが復活した時の肉体は、十字架に架かって死んだ時の肉体で復活しました。しかし、復活する前とは違いがあったと思われます。突然現れたり、突然姿を消したり、姿を変えていたことが記録されています。(ヨハネ20:19、ルカ24:31、マルコ16:12)また、イエス様はこの体で、弟子達の目の前で天に昇っていきました。(使徒1:9)聖書ではこれを栄光の体(ピリピ3:21)と呼んでいて、私達はこの地上での命を終えた後は、このような体を神の国で受けると信じています。このようにして、私達を死の恐怖から解放してくださる。
なぜ、復活した姿をもっと多くの人に見せなかったのか
聖書ではイエスが復活した後にその姿を見た人たちが、非常に少ないことが分ります。(Iコリント15章4-8節)なぜもっと多くの人の前に現れなかったのかと不思議に思いますが、そのことについての明確な答えは分りません。ルカの福音書16章31節ではイエスは「もしモーセと預言者との教えに耳を傾けないのなら、たとい、誰かが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない」と言っています。一つはっきりとしていることは、イエスを救い主として信じた人たちに現れたことです。そしてその人達の人生を変えました。
復活から学べることを
- 死をも支配する神様がいること。
- 死をも支配する神様が予告どおりイエスを復活させたことを通して、イエスが本当に神様から遣わされた救い主ということが分るようにした。
- 死という私達にはどうにもできない問題にも、勝利する力があることを教えてくれた。
- 信じる者は、イエスと同じように復活することを、私達が確信できるようにした。
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