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礼拝メッセージ
2006年2月26日
「新しい契約」
マルコの福音書 2章18-22節
旧約聖書は旧い契約について書かれた聖書で、新約聖書は新しい契約について書かれた聖書です。今日の聖書箇所は新しい契約の中心になるイエスご自身が、旧い契約に代わって新しい契約が与えられようとしていると教えています。イエスの時代のユダヤ人たちは、この旧い契約を信じている人たちでした。
断食について
不思議なことに色々な宗教に断食の習慣があります。イエスの時代の旧約を信じている人たちの多くも、定期的に断食をしていました。断食することによって、自分の真剣な思いを神様に現わすことができて、また祈りに集中することができます。イエスは断食の必要がないとは決して教えていません。イエスが天に帰られた後には、弟子たちも断食する時があるだろうと言っています。実際、今でも多くのクリスチャンが定期的に、あるいは不定期に断食して神様に祈っています。イエスがここで教えたかったことは、今は約束の救い主がこの地上にいる特別な時なので、断食して祈る時ではないということです。特別な時というのが、大切な言葉です。
新しい布切れと古い着物、新しいぶどう酒と古い皮袋
新しい布切れが強いので、よれよれの服の継ぎ切れとして使ったら服を破いてしまう。当時ぶどう酒は皮袋にいれてから醗酵して、皮袋を少し伸ばしていたそうです。ですから新しいぶどう酒を古い皮袋に入れると、もうすでに伸ばされている皮袋がぶどう酒の醗酵によってさらに伸ばされるので、古い皮袋は破れてしまうということです。イエスによって与えられる新しい契約は、古い契約によって作られた教えにあてはまらないということを教えています。
古い契約は律法を守ること、新しい契約は信仰によって
旧約の一つの特徴は「何々をしなさい」、「何々をしてはいけない」という教えを守ることによって、私達は神様との関係を保つというものです。一方新約の特徴はイエスへの信仰によって神様との関係を保つということです。
何々をするではなくて、イエスを知ること
断食をすることによって神様との関係を保とうと信じていた人たちにとって、イエスの教えは驚きであったはずです。イエスも私達に「悔い改めなさい」、「自分自身を神様に捧げなさい」と厳しいことを言っています。今日学ばなくてはいけないことは、私達はまずイエスを楽しむことです。実はこれは旧約聖書の中でも言われていることですが、神様は私達の行動を見ているのではなくて、私達の神様への思いを見ています。私達が神様を知り、神様を喜ぶことがイエスの教えの中心です。その結果が悔い改めであり、自分を捧げていくことです。そして私達が神様を知るために、イエスはこの地に来ました。私達は今日この知って、喜ぶということに集中していきましょう。そのために今日私達に必要なものは、祈りと信仰と聖霊です。
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