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礼拝メッセージ
2005年1月9日
「イエスとは誰か」
マタイの福音書3章13-17節
この聖書箇所を学ぶにあたって、始めにイエスとは誰なのかを確認したいと思います
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100 %人であり、 100 %神様として産まれた。 100 %+ 100 %= 200 %なので、この時点で論理的に説明して欲しいという人の期待を裏切ってしまっているのですが、これが神様がただ一度なさったできごとです。 100 %神様だったいうのは、神様の性質を完全に受け継いでいたので、聖書でいう罪を犯すことがない、聖なる方だったということです。 100 %人だったというのは、肉体の弱さや限界があり、罪の誘惑があったということです。
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100 %神であったので、イエスは私達の罪の罰を身代わりとして受けることができました。もしイエスが私達と同じように罪のある者であったら、十字架の死が私達の身代わりと言えなくなってしまいます。
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イエスは「救い主」だと言うことを聖書は示そうとしています。イエスが救い主だと言う幾つかの根拠は、
洗礼とは
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生まれ変わりを意味するもの。
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バプテスマのヨハネは救い主が来る前に、神様に目を向けるように呼びかけた。
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現在、教会で行なっているバプテスマは、イエスの弟子となりますという決意のもとで、神様にあって新しく産まれることを現わすために行なわれている。
ヨハネが洗礼を授けるのを拒んだ理由と、イエスが受けた理由
イエスは救い主、つまり 100 %神様である方だとヨハネは分かったので、産まれ変わる必要のない者が、どうして人であるヨハネから洗礼を受けなくてはいけないのかと思った。然しイエスは同時に 100 %人なので、罪のある人と同じように洗礼を受けて、それから宣教を開始することを神様の思いだと理解していた。
イエスが洗礼を受けた後におこったこと
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鳩が降ってきたのではなく、聖霊が降ってきたのが、鳩のように見えた。これはこらから宣教に出て行くイエスに、特別に聖霊が降ってきた。
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天が開けて父なる神様の声がした。「これは、私の愛する子、私はこれを喜ぶ。」
イエスが救い主であることを示すもう一つの根拠は、父なる神様が特別に人に分かるように語ったからです。
今日、私達は何を覚えるべきか
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神様は私達にイエスは救い主だと教えたがっている。私達は現在イエスが行っている奇跡を見ることができる。確かに当時のような大きな奇跡はなかなか見られないが、イエスを信じる者たちを通して、色々な奇跡をみることができる。現在、イエスを信じた人が証言してくれる。聖書を通して学ぶことができる。そして、神様ご自身が私達に語りかけてくださる。色々な出来事を通して、または心の中に直接語ってくださる。
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私達の多くは、聖霊が鳩のように降ってくるのを見ることがないが、聖霊は私達のもとに来て、私達を通して神様の働きをしている。
- イエスが宣教活動をする前から喜ばれていた。私達はどうしても、何かをしたら喜ばれるのではと思うかもしれませんが、神様は私達のことも愛していて、私達のことも喜んでいる。
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