礼拝メッセージ
2004年9月26日

「信仰とは」
ルカの福音書16章19-31節

今日のたとえ話の伝えたいことは、「何々があったら信じます」と言う人がいるけれど、今現在与えられている言葉やしるしによって信じないのならば、信じることはないだろうということです。私たちは現在、与えられている言葉としるしによって、今信じるべきです。

このたとえ話から誤解しやすいのは、金持ちが地獄に行き、貧しい者が神の国に入れるということです。地獄に行くのか、神の国に入るのかは信仰の問題です。なぜイエス様がこのお金持ちと、貧しい者のたとえを話したのかを考えると、おそらく多くの者が、金持ちは神様に祝福されているものだから、当然神様の国に入り、逆に貧しい者は神様の祝福を受けていない者なので地獄に入ると勘違いしていたので、その逆を話したのでしょう。
神様の国に入るのに必要なのは信仰だけです。この地上で地位があるとか、お金持ちであるとか、貧しい者であるとかは関係ありません。

何々をしてくれたら信じる、あるいはもっと信頼できる
私たちは自分の都合で「神様・・を与えてくれたら、私はあなたを信じますし、あなたにもっと信頼できるようになって、あなたに・・を捧げる者になります」と祈ることがあります。まるで神様と取引しているようです。私たちは神様と取引できるような存在でしょうか。 神様が私たちに望んでいるのは信じることです。神様に信頼することです。

神様は何を信じて欲しいのか

  1. イエスキリストの十字架の福音。
  2. 神様は私たちの全てをお委ねできる、信頼できる神様だということ。

どうして信じられない時があるのか

  1. 神様のことをよく理解していない。
  2. 神様への関心がない。
  3. 他のことを頼りにしている。

私たちは何をすべきか
信じ始めること。さらに信頼するようになること。

New York Japanese Church
ニューヨーク日本語教会
P.O.Box 641, Hartsdale, NY 10530
電話: 914-902-0300 (代表会員)
メール

© 1997-2026 New York Japanese Church. All rights reserved.a


JCFN New York

Site hosted by ShowGain.TV